Gin流し

ミステァリアスハンド

買い物で商品を眺めている時や、人と立ち話している時などに、いきなり手をつながれることがある。
一度や二度のことではない。しばしば、である。
つないでくる手は妻のものではない。見ず知らずの手である。

当然のことながら、びっくりしてその手の主を確認すると、たいてい、3歳前後ではないかとおもわれる子供である。
わたしってそんなに小さい子に好かれるのだろうか。まずありえない。だいたいわたしの顔を見ているわけではないのだから。
それに、わたしは比較的とっつきにくい(近寄り難い)存在のようである。
高校生の時など、ほとんど同級生から声をかけられたことがない。
就職後、新人研修の時なども、聞きたいことがあって前の席の人を呼んで、話していると、実は、声を掛けられたとき、いきなり殴られるかと思った。というのである。
最近も、年下の同僚でとにかく目上の人に対してもタメ口で、おつりのいらないくらい話しまくる子がいるのだが、彼もわたしに対してはほとんど話さず、こちらから話し掛けても丁寧語で答えてくる。
小さい子供がそんなわたしの手をつかんでくるのはどうしてだろう。

まず考えられることは、手の位置である。つかまれる時は、だらんと手を下げている時である。ちょうど小さい子供の鼻先の高さくらいであろうか。
目の前をゆらゆら泳ぐルアーにブラックバスがついかみついてしまうように、目の前に手ごろな手がふらふらしているのを見て、子供はつかんでしまうのだろうか。
それとも、わたしの体型だろうか。172cm、64kgという日本人の平均的な体、いわゆる中肉中背のせいだろうか。

もしかしたら、ボーっとしているので柱か何かと間違えられているのだろうか。
理由は子供に聞いてみないとわからないが、いずれにしても、その子を連れているお母さんはたいてい、
「すみません。」
とか
「ごめんなさい。」
とおっしゃる。わたしは別に手をつながれて悪い気はしていないのだが。
それから子供に、
「ちがうでしょ、お父さんじゃないでしょ。」
などと言っている。
こういう経験をしばしばするのって普通なのだろうか。珍しいのだろうか。

シャンデースタイル

カクテルバーで、よくお客の気分や雰囲気でその人にあったカクテルを作ってくれることがあるようだ。

333と書いてサンスリーと読むバーに上司に連れてってもらった時のことである。
そこのマスターはワインのソムリエの資格があり、ほかにもいろいろ飲食にこだわりがあるらしかった。
3人くらいのサラリーマンがカウンターのわたしたちの右側に座っていた。そのうちの二人は常連のようだった。初めて来たらしい一人は、マスターの勧めで、世界一おいしいジンとかいうものをストレートであおっていた。
そのうち、話しの流れであろうが、彼は、

「ラーメンある?」
と言った。あるわけないだろうと、彼を含めみんなが思っていたに違いない。が、マスターは、

「ありますよ。」
とあっさり答えた。

「普段はないんですけどね。ちょうどきのう、スープを取ったんですよ。」
などと言っている。時間をかけて、とんこつを煮込んでだしをとったらしい。奥の自分の部屋にスープをとりにいって、ラーメンをその客に出していた。
そんな面倒なことしないで、
「ラーメンはちょっとできませんね。」
とでも言っておけばよさそうなものだが、そのあたりがこだわりのある人なのだろう。しかしわたしはマスターのカツ丼をいただいてみたいものだ。

それはさておき、そのマスターに、わたしの上司がわたしを指し、

「この人のイメージで、何か作って。」
と言った。
わたしも何を作ってくれるのか楽しみだった。そんな注文するのはドラマの中だけだろうと思っていた。

「ジントニックのシャンデースタイルです。」
わたしの目の前に置かれた大き目のグラスには、透明な液体の中に氷と、小さいグラスが沈んでいた。
これがわたしのイメージ。といってもどんなイメージ?
ジントニックは定番だけど、ちょっとひねってシャンデースタイル。ありふれているけれど、ちょっと変り者。
小さいグラスから少しずつジンが混ざっていくように、まわりに徐々に溶け込んでいく。
占いのように、どうにでも解釈できるシステムである。

約半年後、再び333に連れてってもらった。
上司は今回も、

「この人のイメージで何か作って。」
実はこの時、前回何が出てきたか覚えていなかった。

「ジントニックのシャンデースタイルです。」
そういえば、前回も・・・。上司も思い出したらしく、

「この前もこんなんだったな。」
とひそひそ。
マスターはわたしに以前これを出したことを覚えていたのか、忘れていたのか。
同僚にはほかの物を作っていたので、だれにでもシャンデースタイルではないらしい。
とにかく、このマスターにとって、わたしのイメージはジントニックのシャンデースタイルなのだろう。